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本書がこうもはらはらするような早さで刊行できるようになったのは、ひとえに私の献身的な秘書、I・シーァの疲れを知らない協力のおかげである。
信じられないと思うが、私が本書の発行人、P・オズノスに最初に接したのは一九九八年九月一十二日だった。
そして完成された本書が全米に発送されるのは一九九八年十一月十八日の予定である。
J・シャンドラーは私の緊急編集者として超過勤務に精を出した。
Pと彼のチームに脱帽するとともに、彼を推薦してくれたクリス・ダールに深謝する。
本書を書くそもそもの目的は、生涯を通じて私の指針となってきた哲学を詳しく論ずることにあった。
私はすでに成功したマネー・マネジャーとして、のちにはひとりの慈善家として有名になっていた。
ときとして私は一方の口ではマネーを飲み込み、他方の口ではそれを吐き出す巨大な消化管のように感ずることがあったが、実際にはいろいろ考えたすえに両端を結びつけていた。
私が金融市場に携わるようになるずっと以前の学生時代にみずから考案していた概念上の枠組みは、私のマネーづくりと慈善事業の双方を律するものだった。
私はカール・ポパーから多大な影響を受けた。
科学思想家であった彼は、その著書『開かれた社会とその敵』で、私が青春時代にハンガリーで肌身で経験したナチと共産主義政権の本質をよく理解させてくれた。
これらの政権はひとつ共通の特質をもっていた。
すなわち、彼らは究極の真理を知っていると称し、みずからの見解を暴力を行使して世界に押し付けたのである。
対してポパーはそれとは異なる形の社会機構、つまり究極の真理にはなにぴとも近づくことはないことを認める社会機構を提案した。
われわれがいま現に住む世界についての理解はもともと不完全であり、完全な社会などは達成不可能なのだ。
ならば、われわれは次善のものでよしとせねばならない。
それは不完全な社会であるが、それでも限りなく改善していくことはできる社会である。
彼はこれを開かれた社会と呼び、全体主義政権はその敵であった。
私はポパーの批判的思考法と科学的手法についての考え方を吸収した。
私はそれを批判的に吸収したので、ある重要な一点において彼とは一線を画すことになった。
ポパーは自然科学にも、社会科学にも同じ手法と基準を適用するよう主張した。
私はふたつの科学には重大な違いがあることに気がついた。
社会科学では思考することが主題となる事項の一部をなすのに対し、自然科学はだれがなにを考えているかには関係なく発生する現象を取り扱うのである。
これは自然現象をポパーの科学的手法のモデルに従いやすくするが、社会現象はそうはいかない。
私は「相互作用性」という概念を開発した。
これは思考と現実との間で相互に反射的なフィードバック・メカニズムが働くという概念である。
当時私は経済学を学んでいて、相互作用性は経済理論には適合しないことに気がついた。
経済理論はニュートン物理学から借りてきた概念、すなわち均衡の概念をもとにしていたからだ。
相互作用性の概念は私がマネー運用業務に携わるようになったとき、おおいに役立ってくれた。
一九七九年、私は使いきれないほどのマネーを稼ぎ出したとき、「オープン・ソサエティ・フアンド」という財団を設立した。
設立の目的として私は、閉ざされた社会の開放を手助けすること、開かれた社会のさらなる発展に資すること、および批判的思考法を育成することをあげた。
この財団を通じて、私はソヴィエト体制の解体に深くかかわるようになった。
ひとつにはそうした経験の結果として、またひとつには私の資本主義システムの経験をもとにして、私はこれまで従ってきた概念上の枠組みはもはや有効ではなくなったという結論に達した。
そこで私は開かれた社会の概念を再構築しようと思った。
ポパーの定義によれば、開かれた社会は全体主義のイデオロギーにもとづく閉ざきれた社会と対照的な存在であったが、最近の経験はこれが正反対の方向からも同様に脅威にさらされうることを私に教えてくれた。
すなわち、社会的結束の欠如と政府の不在による脅威である。
私はこの見解を「アトランティック・マンスリー」誌一九九七年二月号に寄せた「資本主義の脅威」と題する一文で明らかにした。
本書はそのあと間もなく書き始めたもので、こうした考え方をさらに徹底的に論述するつもりであった。
私のそれ以前の著書では、概念上の枠組みはすでに付録のような地位に格下げされるか、個人的な回想のなかに埋没させられていたが、今回は直接その枠組みを探求してみる価値があると考えた。
私は自分がその一員である世界を理解することにつねに情熱的な関心をいだいてきた。
正しいか間違っているかはともかく、私はその点でいくらか前進してきたと感じたし、それを他の人たちと分かち合いたいと思った。
ところが、本書のこうした当初のもくろみは一九九七年七月にタイで始まった世界的な金融危機によって中断されてしまった。
私はグローバル資本主義システムの欠陥を探求してはいたが、それはのんびりと気楽な形のものだった。
私はアジア危機については十分認識していた。
現に私のファンド・マネジメント会社はその発生を六カ月も前に予想していた。
だが、それがどんな深刻な結果になるのか、私には皆目見当がつかなかった。
私はなぜグローバル資本主義システムが不健全で維持不能なものであるかを説明してはいた。
しかし、一九九八年八月にロシアのメルトダウン(金融麻輝)が起こるまで、私はこの制度が実際に崩壊しつつあることに気がついていなかった。
突然、本書は新たな緊急性を帯びることになった。
ここで私は急速に火の手が広がっているグローバルな金融危機を理解するうえで役立つ、おあつらえ向きの概念上の枠組みをもっていた。
私は急いでそれを印刷に回すことに決めた。
現下の情勢に関する私の見解は一九九八年九月一五日に私が議会で行った証言に要約されているので、その発言の一部を以下に紹介する。
過去十年間にこの国の目覚ましい繁栄に貢献してきたグローバル資本主義システムは、いまやがたがたになっている。
アメリカの現在の株価下落は世界経済を苦しめているもっと深刻な問題を予告する兆候にすぎず、それも現れるのが遅きに失した兆候といえる。
一部のアジアの株式市場は一九一九年のウォール街の大暴落よりもひどい打撃を受けており、そのうえこれらの国の通貨も米ドルにリンクされていたときの価値の何分の一といった水準にまで落ち込んでいる。
アジアのこうした金融崩壊はつぎに経済崩壊を招いた。
たとえば、インドネシアではS政権下の過去三十年間に蓄積してきた生活水準の上昇分のほとんどが消えてなくなった。
近代的なビルや工場と各種の社会インフラは残っているが、出身農村から追いたてられてきた民衆も取り残されたままである。
最近ではロシアも完全なメルトダウンを経験した。
それは空恐ろしい光景であり、その人的、政治的影響の重大性ははかり知れない。
その病原菌はいまやラテン・アメリカにも伝染してきた。
こうしたトラブルのほとんどはわが国の国境外で起こっているというだけの理由で安心していたら取り返しがつかないことになろう。
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